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土偶と縄文から弥生に関する信仰に付いて
         その考査と問答 論者:このは様

支配者の交代



>>そして、土偶に当てはまる神は、「伊耶那美」だと思います。

>そうかも知れませんし、そうではないかも知れません。
>その根拠は?

もちろん、「そうかも知れませんし、そうではないかも知れません。」
例として挙げた土偶の意味を、ひとつの根拠として申し上げたつもりです。

伊耶那美命は「神生み」、「島生み」をした母で、火の神を生んだことにより黄泉国にいきます。
黄泉国というのは、大地の下の空間を指すのでしょう。
大地からは、植物が出てきます。
ですから、黄泉国の伊耶那美命は大地の母です。
すなわち、伊耶那美命は土偶と同じように「大地母神」ということになると思います。


>> この神様は、あらゆるものをお生みになったにもかかわらず、その後の扱いが悪すぎると思うのです。

> どうしてその様に思われますか?

伊耶那美命は「神生み」、「島生み」をした母なのに、記紀でのその後の記述は、その功績の偉大さにもかかわらず、存在が薄くなってしまっていると思います。
むしろ、貶めていると思います。


> また、どう扱われていれば良いと思われますか?

良いとか悪いの問題ではありません。

縄文時代の信仰の中心的な存在である土偶が、弥生時代には継承されていないのですよね。??
この土偶と運命が似ていると思えるのが、記紀の伊耶那美命だと思っているだけのことです。

でも、「つくる会」の『新しい歴史教科書』29頁には、
「縄文の文化が突然変化し、弥生の文化に切りかわったのではない。」
とあります。


> 何故、伊邪那美命はあの様な書かれ方をしたのだと思われますか?

支配者が交代したのだと思います。
 

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