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土偶と縄文から弥生に関する信仰に付いて
         その考査と問答 論者:このは様

土偶についての補則

先に、
「土偶には縄文時代すべてを通じて、重要な情報を与える「ひとみ」と「歯」が表現されていない。」
「黄泉の国では、見てはいけない、食べてはいけない、ということを意味するのであろうか。」
と申し上げましたが、補足致します。

古事記では、黄泉の国に行ってしまった伊耶那美命が、連れ戻すために追ってきた伊耶那岐命に、
「吾(あ)は黄泉(よもつ)戸喫(へぐひ)しつ」「我(あ)を莫視(なみ)たまひそ」
つまり、「黄泉の国の食べ物を食べてしまった(から帰れない)」「私を視ないように」
と、言ったのです。(それを伊耶那岐命は、見てしまったのですが。)

この伊耶那美命の言葉に表されている信仰が土偶に表現されているのでしょう。

このような信仰をもう少し考えてみますと、
「よもつへぐひ」は、腐ったものは死ぬことがあるので、食べてはいけないということだと思います。
「あをなみたまひそ」は、出産を見てはいけないということかも知れません。

最近は、出産に立ち会う男性が増えているようですが、良いことがあるのでしょうか?
男性の体験者に聞いてみなければわかりませんが。
 

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