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土偶と縄文から弥生に関する信仰に付いて
         その考査と問答 論者:このは様

出雲祭祀

> 私はそうは思いません。理由は伊邪那岐命に対してはそう書いていないからです。記紀に書かれている通り、伊邪那美命は産後の状態が悪く死に至ったのだと思います。

伊邪那美命が支配者だったと申し上げたのではありません。

伊邪那美命を信仰する人達が支配されたのではないかと思っているのです。
土偶は、伊邪那美命に対する信仰だと思いますので、その土偶が突然に姿を消してしまうということは、そのような信仰をさせてもらえなかった、あるいはそのような信仰を持つ人達がいなくなった、ということではないでしょうか。

日本書紀は正史ですから、当然のこととして、書かれた時代の権力者に都合の良いように書かれますが、何でも書けるということではありません。
「国譲り」にもあるますよう、国を譲った人達がいたことを、その時代では、まだ無視できなかったということだろうと思います。
無視できるような屈服は、上手にその人達の信仰を取り込んでいったのだと思います。
ですから、記載されないのではないでしょうか。

崇神紀からも、それまで出雲祭祀をさせなかったことが推測できますよね。
つまり、征服した相手の神様へのお祭りは、させたくないということでしょう。

でも、相手の神様とこちらの神様を、親子にしたり兄弟にしたりして、治めていったのではないでしょうか。
 

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