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土偶と縄文から弥生に関する信仰に付いて
         その考査と問答 論者:このは様

天照御大神は男神?

私も、まずお断りしておきますが、日本の歴史を殆ど知りません。
そして、古事記は神代巻の、日本書紀は神武天皇紀の本文の簡単な講義を受けたことがあります。
あとは、必要と思ったところを飛ばし読みいたしました。
本居宣長の古事記伝のような解説書も読んでおりません。
オロモルフ様のように勉強しているわけではありませんので、自信がないので、文献を記しています。
そうでないところは、気楽な推測です。

出雲族に関心があります。

■■
■HISASHI さま


> まず、日本書紀の崇神天皇の記載に
「此の神酒は 我が神酒ならず 倭成す 大物主の かみし神酒 幾久幾久」

この歌には興味がありました。
どうしてこれが、古事記に掲載されていないのか、不思議なのです。
古事記は出雲系の活躍を記していますし、歌も豊富なのに。


> さて、女神の天照大神が本当は男の天照大神(天照国照饒速日命)ではないかと思うのは、皇祖であるにも拘らず、殆ど参拝の事跡が無いのです。

天照大神が女神か男神かということですが、私は、はじめは男神だったと思います。
古事記では、女神か男神かを、はっきりさせていませんね。

神宮にお祀りされているのは、皇祖神ではなかったという考えですね。


> 厚かましいお願いなのですが、ここ数回の私や鼓腹撃壌様との問答の書き込みを含めて、土偶と縄文から弥生に関する信仰に付いてのこのは様のお考えを、まとめてみませんか?

まとめる自信はありませんが・・・。
きちんとした文章を書くのが苦手なのです。

■■
■鼓腹撃壌 様


> 伊邪那美命を信仰する人々と、伊邪那岐命を信仰する人々が違ったとお考えですか?

同じだと思います。
縄文時代の遺物として石棒がありますね。


> 或いは、天照大神と伊邪那岐・伊邪那美神では、支配者が違うとお考えですか?

伊邪那美命を信仰していた人達にとっての天照御大神は、男性の太陽神だったと思います。


> 或いは一般的に、縄文から弥生にかけて何が起こったとお考えですか?

支配者が代わったのだと思います。
 

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