弥生時代前期の土偶
HISASHI さま
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> 報告です。土偶についてなのですが、どうやら東日本では弥生時代にも若干該当するようなものが存在していたようです。
これを読みまして、産経ウェブで調べてみましたところ、以下の記事かありました。
> 弥生時代前期の土偶の頭部出土 神戸の竪穴住居跡
> [1998年10月02日 東京朝刊]
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> 私たちの先祖である卑弥呼の時代の祭祀が縄文と弥生のそれぞれの信仰が相互に影響しあって出来たのかもしれませんね。
「卑弥呼の時代」って弥生時代だと思うのですが??
HISASHI
さまがおっしゃるように、弥生時代における農耕社会の成立が大陸渡来の稲作農耕を縄文時代社会が受容し、民族的な交代がなくて「狩猟漁撈民の農耕民化」という形で進んだ*1という意見があります。
でも、民族が交代する場合でも、先住民族の良い文化は吸収され、まねられるものでしょう。
それに、弥生時代には、縄文時代の信仰の中心的な存在である土偶が継承されていません。
縄文時代と弥生時代の線引きも難しいでしょうし、遺跡をどの時代の遺跡と判定するのも難しいと思います。
支配者(指導者)が変わったと申し上げた意味ですが、私は古事記を中心に考えてのことですので、まず近畿地方くらいの一部の支配者が変わり、それが広がっていったと考えております。
支配者(指導者)になかなか屈服しない一部の地域では、土偶が作り続けられたのではないでしょうか。
そういうところには、たとえば弥生時代前期の土偶があるのではないでしょうか。
文献
*1神澤勇一 『弥生時代の信仰』二六頁(雄山閣出版『季刊考古学』二、昭和五八年)。