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 開化天皇 崇神天皇

西暦年 天皇 天皇年 干支 月 日 出  来  事
        11月12日 開化天皇即位
BC157 開化 1 甲申    
        10月13日 都を春日の地に移す。(率川宮(イザカワノミヤ))
BC156 開化 2 乙酉    
BC155 開化 3 丙戌    
BC154 開化 4 丁亥    
BC153 開化 5 戊子    
        2月6日 孝元天皇を剣池嶋上陵(ツルギノイケノシマノウエノミササギ)に葬る。
BC152 開化 6 己丑    
        1月14日 伊香色謎命(イガシコメノミコト)を皇后とする。
BC151 開化 7 庚寅    
BC150 開化 8 辛卯    
BC149 開化 9 壬辰    
BC148 開化 10 癸巳    
          御間城入彦尊(崇神天皇)生誕
BC147 開化 11 甲午    
BC146 開化 12 乙未    
BC145 開化 13 丙申    
BC144 開化 14 丁酉    
BC143 開化 15 戊戌    
BC142 開化 16 己亥    
BC141 開化 17 庚子    
BC140 開化 18 辛丑    
BC139 開化 19 壬寅    
BC138 開化 20 癸卯    
BC137 開化 21 甲辰    
BC136 開化 22 乙巳    
BC135 開化 23 丙午    
BC134 開化 24 丁未    
BC133 開化 25 戊申    
BC132 開化 26 己酉    
BC131 開化 27 庚戌    
BC130 開化 28 辛亥    
        4月9日 立太子。御間城入彦尊(ミマキイリヒコノミコト)を皇太子とする。(皇太子19歳)
BC129 開化 29 壬子    
BC128 開化 30 癸丑    
BC127 開化 31 甲寅    
BC126 開化 32 乙卯    
BC125 開化 33 丙辰    
BC124 開化 34 丁巳    
BC123 開化 35 戊午    
BC122 開化 36 己未    
BC121 開化 37 庚申    
BC120 開化 38 辛酉    
BC119 開化 39 壬戌    
BC118 開化 40 癸亥    
BC117 開化 41 甲子    
BC116 開化 42 乙丑    
BC115 開化 43 丙寅    
BC114 開化 44 丁卯    
BC113 開化 45 戊辰    
BC112 開化 46 己巳    
BC111 開化 47 庚午    
BC110 開化 48 辛未    
BC109 開化 49 壬申    
BC108 開化 50 癸酉    
BC107 開化 51 甲戌    
BC106 開化 52 乙亥    
BC105 開化 53 丙子    
BC104 開化 54 丁丑    
BC103 開化 55 戊寅    
BC102 開化 56 己卯    
BC101 開化 57 庚辰    
BC100 開化 58 辛巳    
BC99 開化 59 壬午    
BC98 開化 60 癸未    
        4月9日 崩御
        10月3日 開化天皇を春日率川坂本陵(カスガノイザカワノサカモトノミササガイ)に葬る
BC97 崇神 1 甲申    
        1月13日 即位(53歳)
        2月16日 御間城姫を皇后とする。
BC96 崇神 2 乙酉    
BC95 崇神 3 丙戌    
        9月 都を磯城に移す。(瑞籬宮(ミズカキノミヤ))
BC94 崇神 4 丁亥    
        10月23日 百官を集めて詔をする
BC93 崇神 5 戊子    
          疫病流行。民の半数が死亡。
BC92 崇神 6 己丑    
          治安が悪化した為、天照大神と倭大国魂(ヤマトオオクニタマ)の2神を祭る
          神威に押された為、天照大神を豊鍬入姫命(トヨスキイリヒメノミコト)に託し、大和の笠縫邑に祀った。倭大国魂を渟名城入姫命(ヌナキイリヒメノミコト)に託したが、髪が落ち体が痩せて祀る事が出来なかった。
BC91 崇神 7 庚寅    
        2月25日 天照大神と倭大国魂を祀っても世が治まらないので、占いをすると大物主神が現れて「私を祭りなさい」とお告げがあった。
          大物主神を祀っても世が治まらなかったので、斎戒沐浴し殿内を清めて祈ると、「大田田根子(オオタタネコ)に祀らせなさい」とお告げがあった。
        8月7日 倭迹速神浅茅原目妙姫(ヤマトトハヤカムアサジハラマクワシヒメ)・大水口宿禰(オオミクチノスクネ)・伊勢麻績君(イセノオミノキミ)の三人が同じ夢を見た「大田田根子に大物主神を祀らせ市磯長尾市(イチシノナガオチ)に倭大国魂神を祀らせれば天下は平らぐだろう」と言うお告げの夢
        11月13日 倭大国魂神と大物主神と八十万の群神をそれぞれ祀り、天社(アマツヤシロ)、国つ社(クニツヤシロ)、神地(カムトコロ)、神戸(カムベ)を定めた。それにより国が治まる。
BC90 崇神 8 辛卯    
        4月16日 高橋邑の活日(イクヒ)を大物主神にささげる酒を掌る人とする。
        12月20日 大物主神を祀る。
BC89 崇神 9 壬辰    
        3月15日 黒坂神(クロサカノカミ)と大坂神(オオサカノカミ)を祀りなさいとの夢のお告げがあった。
        4月16日 夢のお告げの通りに黒坂神と大坂神を祀る
BC88 崇神 10 癸巳    
        7月24日 王化にあずかっていない場所に卿等を派遣すると詔をする
        9月9日 大彦命を北陸に武渟名川別(タケヌナカワノワケ)を東海に吉備津彦(キビツヒコ)を西海に、丹波道主命(タニワノミチヌシノミコト)を丹波に派遣
        9月27日 大彦命が和珥の坂で少女が歌うのを聞く。少女の姿が急に見えなくなったので一旦帰って報告をする
          倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)はその歌の話を聞いて謀反を見破る
          武埴安彦と吾田媛を五十狭芹彦命(イサセリヒコノミコト)と彦国葺(ヒコクニフク)に討たさせる
          倭迹迹日百襲姫命が大物主神の妻になるも、夫の姿を見て驚き箸で突いて死ぬ。大市に葬られる。
        10月1日 畿外の暴れ者を平定せよと四道将軍たちに命じる
        10月22日 四道将軍たち出発。
BC87 崇神 11 甲午    
        4月28日 四道将軍たちが平定の様子を報告する
BC86 崇神 12 乙未    
        3月11日 戸籍を調べる詔を出す。
        9月16日 戸籍調べが完了し、課役を課す。
BC85 崇神 13 丙申    
BC84 崇神 14 丁酉    
BC83 崇神 15 戊戌    
BC82 崇神 16 己亥    
BC81 崇神 17 庚子    
        7月1日 船を作る詔を出す
        10月 船が完成
BC80 崇神 18 辛丑    
BC79 崇神 19 壬寅    
BC78 崇神 20 癸卯    
BC77 崇神 21 甲辰    
BC76 崇神 22 乙巳    
BC75 崇神 23 丙午    
BC74 崇神 24 丁未    
BC73 崇神 25 戊申    
          活目尊(垂仁天皇)生誕
BC72 崇神 26 己酉    
BC71 崇神 27 庚戌    
BC70 崇神 28 辛亥    
BC69 崇神 29 壬子    
BC68 崇神 30 癸丑    
BC67 崇神 31 甲寅    
BC66 崇神 32 乙卯    
BC65 崇神 33 丙辰    
BC64 崇神 34 丁巳    
BC63 崇神 35 戊午    
BC62 崇神 36 己未    
BC61 崇神 37 庚申    
BC60 崇神 38 辛酉    
BC59 崇神 39 壬戌    
BC58 崇神 40 癸亥    
BC57 崇神 41 甲子    
BC56 崇神 42 乙丑    
BC55 崇神 43 丙寅    
BC54 崇神 44 丁卯    
BC53 崇神 45 戊辰    
BC52 崇神 46 己巳    
BC51 崇神 47 庚午    
BC50 崇神 48 辛未    
        1月10日 二人の皇子に皇子が見た夢の内容により後を告がせると告げる
        4月19日 立太子。活目尊(イクメノミコト)を皇太子とする。(皇太子24歳)豊城命(トヨキノミコト)に東国を治めさせる
BC49 崇神 49 壬申    
BC48 崇神 50 癸酉    
BC47 崇神 51 甲戌    
BC46 崇神 52 乙亥    
BC45 崇神 53 丙子    
BC44 崇神 54 丁丑    
BC43 崇神 55 戊寅    
BC42 崇神 56 己卯    
BC41 崇神 57 庚辰    
BC40 崇神 58 辛巳    
BC39 崇神 59 壬午    
BC38 崇神 60 癸未    
        7月14日 出雲大社に収められている、武日照命(タケヒナテルノミコト)が天から持ってこられた神宝を見たいと詔す。
          出雲振根(イズモノフルネ)の元へ武諸隅(タケモロスミ)を遣わして伝えさせた。振根が筑紫の国に出かけて不在の為、弟の飯入根(イイイリネ)が対応し、弟の甘美韓日狭(ウマシカラヒサ)と子の鸕濡渟(ウカズクヌ)持たせて奉った
          出雲振根が帰ってきて、神宝を渡したと知り、弟を責め、計略を用いて切り殺した。
          甘美韓日狭と鸕濡渟から飯入根が殺された事を聞いたので、吉備津彦と武渟名川別を派遣し振根を討った。
          出雲ではしばらく神を祀らなかったが、子供の歌を皇太子から聞いた天皇が出雲に鏡を祭らせた。
BC37 崇神 61 甲申    
BC36 崇神 62 乙酉    
        7月2日 灌漑用の溜池や用水路を作る事を詔
        10月 依網池(ヨサミノイケ)が完成
        11月 刈坂池(カリサカノイケ)・反折池(サカオリイケ)が完成
BC35 崇神 63 丙戌    
BC34 崇神 64 丁亥    
BC33 崇神 65 戊子    
        7月 任那国が蘇那曷叱智(ソナカシチ)を遣わして朝貢してくる
BC32 崇神 66 己丑    
BC31 崇神 67 庚寅    
BC30 崇神 68 辛卯    
        12月2日 崩御(120歳)

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