00.まえがきと目次
01.第一章 奈良時代の学者も知っていた女王〈卑彌呼〉
02.第二章〈卑彌呼〉とは誰か?
03.第三章『魏志倭人伝』の概要
04.第四章『魏志倭人伝』の信憑性
05.第五章〈卑彌呼〉という名の探索
06.第六章〈天照大神〉説の検討
07.第七章〈神功皇后〉説の検討
08.第八章〈倭迹迹日百襲姫命〉が活躍する崇神天皇の時代
09.第九章〈倭迹迹日百襲姫命〉と《籠神社》の秘密
10.第十章〈倭迹迹日百襲姫命〉が眠る日本最古の「超巨大」前方後円墳《箸墓》の謎
『卑弥呼と日本書紀』005
■□■□■ 第一章 奈良時代の学者も知っていた女王〈卑彌呼〉 ■□■□■
やまとは 国のまほろば たたなづく 青垣 山ごもれる やまとし麗し
〔倭建命/日本武尊(古事記)〕
「大和はわが国のなかでもっとも優れた土地だ。青い垣根のように重なった山々に囲まれた大和はなんと麗しいことか。(出典は古事記だが、日本書紀では似た歌が日本武尊の父景行天皇の御製とされている。古くから謡われてきた大和賛歌なのだろう)」
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣つくる その八重垣を
〔須佐之男命/素戔鳴尊(古事記)〕
「八雲立つ出雲の地に雲のように幾重にも垣をめぐらし、妻のいるところとして幾重にも垣をつくっている。ああ、この幾重にもめぐらした垣よ。(高天原を追われた尊が出雲国に宮をつくったときの歌で、日本で最初の五七五七七形式の短歌ともいわれる)」
■■■■■ 一・一 『魏志倭人伝』の二つの謎 ■■■■■
天才的軍師として有名な諸葛孔明が活躍した魏・蜀・呉の三国時代の歴史を記したシナの『三国志』のなかに、『魏志倭人伝』と通称されるみじかな文章がある。
魏というのは、三国時代に覇をとなえた魏の国のことで、倭人というのは、昔のシナ王朝が日本人を呼ぶときに使った言葉である。
つまり『魏志倭人伝』とは、史書『三国志』のなかの魏の国の歴史を記した部分にある、日本人についての記事――ということになる。
それによると、三世紀前半の日本に《邪馬台国》と呼ばれる国があり、そこに〈卑彌呼〉なる女王がいて、三国のうちで日本にいちばん近い魏の国と外交関係をむすんでいたのだという。
諸葛孔明らの活躍を面白く描いた『三国志演義』は十四世紀に完成した大衆文学だが、『三国志』はずっと古く三世紀末に完成した正式の史書である。
したがってそこにある『魏志倭人伝』は、日本について記述した公的で最古の外国文献であり、かつ日本国内には同時代に書かれた文献が発見されていないため、古くから歴史家たちに興味をもたれてきた。
005.第一章 奈良時代の学者も知っていた女王〈卑彌呼〉
一・一 『魏志倭人伝』の二つの謎
006. 二つの疑問と多様な意見
007. 議論の収束と本書執筆の理由
008. 大和の定義
009.一・二 《邪馬台国》九州説と大和説
「九州説」の学者、「大和説」の学者
010. 上記の続き
011. 文化勲章級学者でも意見が対立
012.一・三 『記紀』と『魏志倭人伝』
時代区分の確認と日本人の先祖
013. 上記の続き
014. 縄文・弥生交代説の退潮
015. 戦前への誤解
016. 『魏志倭人伝』への批判精神