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INDEX

00.まえがきと目次
01.第一章 奈良時代の学者も知っていた女王〈卑彌呼〉
02.第二章〈卑彌呼〉とは誰か?
03.第三章『魏志倭人伝』の概要
04.第四章『魏志倭人伝』の信憑性
05.第五章〈卑彌呼〉という名の探索
06.第六章〈天照大神〉説の検討
07.第七章〈神功皇后〉説の検討
08.第八章〈倭迹迹日百襲姫命〉が活躍する崇神天皇の時代
09.第九章〈倭迹迹日百襲姫命〉と《籠神社》の秘密
10.第十章〈倭迹迹日百襲姫命〉が眠る日本最古の「超巨大」前方後円墳《箸墓》の謎

『卑弥呼と日本書紀』106

■□■□■ 第五章 〈卑彌呼〉という名の探索――併せて册封体制からの独立と国名および天皇という尊称―― ■□■□■


いざ子ども 早く日本へ 大伴の 御津の浜松 待ち恋いぬらむ
〔山上憶良(万葉集63〕
「さあみんな、早く日本へ帰ろうではないか。出航のとき航海の安全を祈ったあの大伴の御津の浜の松も、われわれの帰りを待ちこがれているだろう。
(御津は大阪難波の港。遣唐使の一員として唐に派遣された山上憶良の望郷の歌)」

大和路は 雲隠りたり しかれども わが振る袖を 無礼しと思ふな
〔遊女兒島(万葉集966)〕
「大和への道は雲の彼方に隠れていますが、私が振る袖を無礼だと思わないで下さい。
(太宰府から都に帰る貴人との別れを惜しんで地元の遊女が謡ったとされる。天皇の歌と遊女の歌とが同じ歌集に並んでいるところが『万葉集』の凄さである)」


■■■■■ 五・一 『記紀』のどこを切っても出てくる〈卑彌呼〉 ■■■■■


 この節では、〈卑彌呼〉の読み方と、それに対応する名前が『記紀』にあるかどうかを検討してみよう。


◆◆◆ 〈卑彌呼〉の読み ◆◆◆

 ここでは〈卑彌呼〉を「ヒミコ」と読んでいるが、それはそう読むのが今では一般的だからである。
 しかし昔の人がそう読んでいたかどうか、また元の日本語の発音がどうだったかについては、諸説がある。
 作家の井沢元彦が調査したところでは、この漢字は、昔のシナの発音では、日本人には「ピメハ」とか「ピメコ」とか聞こえるらしい。
 だからまずヒとピの違いがあるが、古代の日本語では日はヒともピともいったようだし、いまでも「月日」を「ガッピ」というようにピということもあるので、この読みは「ヒメコ」と同じだといえるのかもしれない。
 最近の研究には、「ヒムカ」だろうという説もある。

[つづく]

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第五章INDEX

106.第五章 〈卑彌呼〉という名の探索――併せて册封体制からの独立と国名および天皇という尊称――
    五・一 『記紀』のどこを切っても出てくる〈卑彌呼〉
        〈卑彌呼〉の読み
107.      上記の続き
108.      上記の続き
109.     『記紀』にある〈卑彌呼〉の候補 
110.      上記の続き
111.    「姫」とは?
112.      上記の続き
113.    「命(みこと)」とは?
114.    「御子(みこ)」とは?
        無数にいる〈卑彌呼〉の候補
115.五・二 《倭》と《大和》の語源 甲類・乙類の違い
        「倭」と「和」の問題
116.      上記の続き
117.      上記の続き
118.    なぜ「ヤマト」と読むのか?
119.      上記の続き
120.    甲類・乙類の諸問題
121.      上記の続き
122.      上記の続き
123.五・三 《大和》の地理の概略
        大阪湾から奈良盆地へ
124.      上記の続き
        古代《大和》の水利の便
125.      上記の続き
126.    奈良盆地南部の詳細地理
127.      上記の続き
128.    水郷を囲む豊かな土地
129.      上記の続き
130.五・四 《日本》という国号および「天皇」という尊称の由来
        《日本》という国名の発祥と歴史的意義
131.      上記の続き
132.    「天皇」という尊称の制定とその歴史的意味
133.      上記の続き
134.    「年号」の制定と日本人の気迫
135五・五 『魏志倭人伝』の信憑性についての結論
136.      上記の続き


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