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卑彌呼10(百襲姫の母親の謎)

 ところが、〈倭迹迹日百襲姫命〉の母親は、『日本書紀』では〈倭國香媛命(ヤマトクニカヒメ)〉で、『古事記』では〈意富夜麻登玖邇阿禮比賣命(オホヤマトクニアレヒメ〉となっています。『古事記』の名は、『日本書紀』風に書きますと、〈大倭國在媛命〉です。
 倭は大和で、当時の日本国ですし、大倭はさらにそれに美称をつけたものです。
『日本書紀』の名は、香は古代から美しいとか良い匂いとかいう意味がありますから、「大和の国を美しく香らせた媛命」の意味であり、『古事記』の名は「偉大なる大和の国を存在させた媛命」という意味です。
 つまり、建国を意味する、「おそろしく別格の名」が与えられているのです!
 国をつくったとされる神武天皇の母親や崇神天皇の母親には、こういう別格の名はつけられていません。
 これは不思議なことです。

 一皇女にすぎない〈倭迹迹日百襲姫命〉の生母のほうに、本来なら神武天皇や崇神天皇の生母につけられるべきような名がつけられているのです。
 このことは、『記紀』の編者たちが、この〈倭迹迹日百襲姫命〉について、ある理由によって『記紀』には記さなかったが「何か特別な伝承」を知っていたことを意味しているのではないか――というのが、大和説の学者たちの中にある推理です。
 その「特別な伝承」が何かについては、『日本書紀』の崇神天皇紀や他の古文書から推理でき、その推理が、大和説の強力な武器になっています。
 おそらくは〈饒速日命〉系の伝承です。あくまでも推理ですが・・・。

 次回から、〈倭迹迹日百襲姫命〉という不思議な名前についての、学者たちの意見を記してみます。
 ついでに「倭」と「姫」「命」の語源についても記しますので、すこし回数が増えますが、この頭と末尾の尊称も卑彌呼と関係が深いので、検討する必要があるのです。

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