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日露戦争時の無電望楼折衝3

◆◆◆ 6.担当窓口の先見性の無さ ◆◆◆

 この閣議決定に基づく訓令に対しまして、清国特命全権公使男爵西徳二郎は、外務大臣宛に、以下のような【恐るべき意見書】を送ってきたそうです。
 要約いたします。

〈1〉無線電信は未だ実験段階なので、直ちに清国に設置するのは軽挙である。
〈2〉しかも陸上では有線電信の方が良い。
〈3〉清国が拒絶するのは必然なので、余計なトラブルを起こす必要はない。
〈4〉鉄道敷設のような問題ならまだしも、日本の利益にならない問題で清国の心証を害するのは得策ではない。

 田丸氏は、この窓口の態度に対して、
「当時ロシアの侵略意図は察知されており、バルチック艦隊の回航に備えて海軍が万全の対策をとらねばならなかったが、出先機関にはそれを察知する能力が無かったらしい」
 ――と記しています。

 日本そのものが死ぬか生きるかの瀬戸際だったというのに、そのあまりの呑気さに唖然とします。
 田丸氏は書いておりませんが、海軍は激怒した模様です。
 そして、次節のように、もっと具体的に15の地点を指示して、さらなる折衝を強く依頼しました。

[当時の外務大臣の青木周蔵は、例のペルー人質事件のとき、白髪傲慢大使と言われた人の曾祖父です。司馬遼太郎は青木周蔵のことを、「何をしたのかよく分からない人物」と批判しています]


◆◆◆ 7.具体的に指示した15の地点 ◆◆◆

 福州市街若は其の附近
 五虎島若は羅星島錨地附近
 東丈島
 回船島
 烏拉島
 ピラミッド角
 チンモ角
 ケモイ島南東部
 廈門市街若は其の附近
 チャペル島
 タオンヒール
 ジョカコ角
 東引島若は蘭嶼
 三都島南東部
 ヒューヤン島

[これらの場所がどこかについては、知識がありませんが、バルチック艦隊が通りそうな沿岸であることは確かです]

 海軍としては、これらを大使に書き送ることによって、ぜひ折衝するよう圧力をかけたのでしょう。
 しかし、ダメでした。

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