トップページ]>[歴史のページ]>[「三種の神器」の心]

「三種の神器」の心3

◆◆◆ 二 「三種の神器」の由緒◆◆◆

 高天原において、素戔嗚尊(すさのおのみこと)の乱暴に悩んだ〈天照大神〉が天の岩屋にお隠れになったとき、困った神々が岩屋の前に天香具山の聖木・榊を立て、上部に「神璽」をかけ、中ほどに「神鏡」をかけたのが、この二つが歴史に出てくる最初です。

「神鏡」である「八咫鏡」の咫は手指をひろげた長さとされますが、ここでの意味は立派な神鏡ということであり、伊斯許理度賣命(いしこりどめのみこと)がつくったとされます。
 鏡をつくる職人集団・鏡作部の祖神です。
(注:実年代の推理は困難ですが、二千年以上前だろうと思われます)

 この鋳造のとき、はじめ表に傷ができたので、そのあと無傷のものを造り、これが「神鏡」となりました。
 はじめの傷のあるものは和歌山県の日前・国懸神宮(ひのくま・くにかかすじんぐう)のご神体になったという伝承があります。
 この神社は神武天皇がご創建になったとされ、紀伊国一宮・式内社・旧官幣大社です。

「神璽」と呼ばれる「八坂瓊勾玉」は、翡翠などの石を磨いてつくった勾玉(まがたま/カンマのような形の玉)をたくさん紐でつないで首飾り状にしたもので、製作者は玉祖命と呼ばれる職人集団の祖神です。
 家庭の神棚の向かって右側に飾る眞榊は、この天の岩屋の前に神々がお立てになった、鏡と勾玉をかけた神木を模したものです。

前ページへ 次ページへ


トップページ]>[歴史のページ]>[「三種の神器」の心]