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「三種の神器」の心6

[承前]

 なお熱田神宮の大宮司は、頼朝の時代の直前に尾張氏にかわって藤原一族が担当しますが、その藤原大宮司の初代・藤原季範の娘が頼朝の母親です。
 そのため頼朝は伊勢神宮や熱田神宮への崇敬心が高かったと言われています。

《伊勢神宮》は二十年ごとにすべてを作り直す式年遷宮――前回は平成五年でつぎが平成二十五年――がなされますが、そのときは、本殿だけではなく多くの神宝類も同じ形のものをつくりなおします。
 このとき二振りの宝剣用にトキの羽が必要なのでトキの絶滅が大問題になったのです。
 ただし、「八咫鏡」だけは――当然のことではありますが――絶対に触ることも見ることもなく、慎重に奉斎され新殿に遷されます。
 新造されるのは、それを収める容器の方で、式年遷宮の中でも最重要な儀式とされています。

 熱田神宮の話をくわしくするゆとりはありませんが、境内二十万平米、摂末社四十四、年間一千万の参拝者で賑わう巨大な神社です。
 合計百二十五社からなる《伊勢神宮》ほどではありませんが、日本を代表する神社であることは間違いありません。
「草薙剣」のほかにも数々の神宝をもち、国宝二十七、重要文化財七十六、県指定文化財五十三を数えるという、文化財の宝庫でもあります。

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