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「三種の神器」の心9

◆◆◆ 五 剣璽等承継の儀◆◆◆

 皇居内の「三種の神器」は、天皇の代がかわれば、とうぜん新しい天皇がそれをひきつぎます。
 皇位の継承にともなって神器も相承されるのです。
 ただ、その方法は時代によって変化してきました。

 豪族が割拠していた大化改新の前までは、践祚時に有力氏族の代表が「神鏡」と「神剣」をいったん預かって、あらためて新天皇に献上する儀式があったようです。
 これは、新天皇を豪族たちが認めたことを証明する重要な儀式だったのでしょう。
 ただし「神璽」は内侍が皇居内に奉斎したままだったようです。
 つまり皇居内の女官がずっと祀っていたことになります。
「神鏡」>「神剣」>「神璽」の順に格付けされていたことがわかります。

 大化改新以後は、祭祀職の忌部(齋部)氏が鏡剣献上を役職としておこなうようになりました。
 忌部氏はのちに、同じ祭祀職の中臣氏(藤原家の祖)に圧せられたことを無念に思って、有名な『古語拾遺』を編纂したといわれる一族です。

 この鏡剣献上の儀式は平安時代になって、践祚時ではなく大嘗祭――新天皇の最初の新嘗祭――における行事にかわりましたが、八世紀初めにはそれも無くなり、かわりに「剣璽渡御の儀」が成立します。
 これは践祚にさいして、「神鏡」は別扱いにして「神剣」と「神璽」を新天皇が承継する儀式で、ここではすでに豪族による献上の儀式は影がなくなっています。
 そして、もっとも重要な「神鏡」は、温明殿などの別殿に奉安したままで動かさないことになりました。

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