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「三種の神器」の心11

◆◆◆ 六 熱田神宮における「草薙剣」の危機◆◆◆

 祭政一致の時代におきましては、神器は政争の的でもあって、その継続には困難がありましたが、神社に奉斎されている方は、皇居内の神器ほどの苦難には遭っていないようです。
 しかしそれでも、危機は何度かありました。
 とくに熱田神宮の「草薙剣」は、つぎのようなきわどい被害にあっていることが、史書の記録に残されています。

〔一〕
 天智天皇七年(西暦六六八年)、日本に来ていた新羅の密偵(スパイ)と言われた沙門道行が、「草薙剣」を神宮から盗んで帰ろうとしました。
 しかし海が荒れて船が出ず、必死で追跡した神宮関係者によって、大阪湾で捕らえられました。
 このとき道行が盗んで通った清雪門という神社内の門は、不吉だというのでずっと開かずの門とされています。
(現韓国の古代王朝との軋轢は、神代から絶えることがありませんでした。朝鮮半島とのトラブルは、『日本書紀』はじめ古い史書に無数に記されています。たとえば、瀬戸内海に繋留していた大和朝廷の多数の新造船が、 半島からのスパイによって放火されて全焼したという記録もあります。実紀年で四世紀後半のことです)

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