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「三種の神器」の心14

◆◆◆ 七 伊勢神宮における「八咫鏡」の危機◆◆◆

 一方《伊勢神宮》のほうは、さいわい熱田神宮ほどの混乱はなかったようですが、それでも皇室の力が弱まった時期には、遷宮もままならず、正殿も古びてしまって危機に瀕した時期もありました。

「桓武天皇の御宇にあった放火窃盗事件」
「平安期における御正殿への乱入事件」
「室町後期から安土桃山にかけての百年以上の遷宮中断」
 ・・・などが知られています。
(この中断を救って式年遷宮を再開させたのが、伊勢神宮近くの仏寺の尼僧たちの活躍であったことは、あまり知られておりません)

 これらの苦難の間も「八咫鏡」は大切に守られてきましたが、意外な危機もありました。

 第二十一代の雄略天皇の皇女の稚足姫は《伊勢神宮》の斎王として仕えていました。
 伊勢斎王は独身の皇女がつとめる習わしでしたが、雄略天皇三年に、男女関係で讒言があって妊娠していると言われ、悲嘆した皇女は、五十鈴川の川上に「八咫鏡」を埋めて自害してしまいました。

 必死で探しているうちに、ある場所に虹がかかったので掘ったところ、「八咫鏡」が埋められていた――という伝承があります。
(虹というのは神秘性を強調するための修辞です)
 これは『日本書紀』にかなり詳しく記されており、当時の大事件だったことがわかります。
 実年代は推定五世紀後半です。

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