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「三種の神器」の心18

[承前]

(注:「八咫鏡」の次に御正殿で重要なものは中央下にある「心御柱」です。遷宮時における古くなった方の心御柱の処置については、面白い話がいろいろとありますが、割愛します。外宮のご神体とともに、著者による別の論考を参照してください←この掲示板に前に連載したと思います)
(注:なお宮中における「神鏡」も、とうぜんながら、似た寸法形状だと拝察されます)

〈二〉「草薙剣」の実体
 熱田神宮の「草薙剣」についても、江戸時代にひそかに見てしまった神官の記録があり、それによると剣というよりも鉾に近いものだったとされております。
 しかし、もともと鉾の先と古代の剣とはほぼ同じ形状であり、そりのある日本刀を見慣れた江戸時代の人が錯覚したのでしょう。
 文書に残されている記録とは、

「長さ五尺の木の箱の中に石の箱がありその中に樟(楠木)をくり抜いた箱があり、そこに黄金を延べ敷いて、その上に鎮座していた。長さは二尺七、八寸くらいで刃先は菖蒲の葉のようで元の部分六寸くらいは魚の背骨のようで、色は全体的に白だった」

 ――というものです。

 また、容器の記録としては、前記した一二九〇年の鎌倉時代の火事の際の貴人の娘の日記があり、
「幅一尺長さ四尺の漆の箱のなかの赤地の錦の袋に入っていた」
 ――と書かれています。

 さらにもう一つ貴重な記録があります。
 それは、先に述べた昭和二十年の飛騨への疎開のときに、袋にくるまれたまま捧げ持った神官の記録です。
 それによりますと、
「寸法は二尺ほどで、重さから判断して銅剣らしい」
 ――ということです。

 これらを総合しますと、
「長さほぼ六十センチの諸刃の銅剣」
 ――ということになるでしょう。

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