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「三種の神器」の心19

[承前]

(注:鉄ではないという事は、色彩の記録からも分かりますが、楠木の箱に入っていたことでも推量できます。楠木だと鉄では錆が早くて持たないと思われるからです)
(なお宮中における「神剣」も、今上天皇の承継の儀におけるお写真に容器が写っており、その大きさから、似た寸法形状だと想像されます)

〈三〉「八坂瓊勾玉」の実体
 現在皇居に奉安されている「八坂瓊曲玉」についても、次の資料が残されています。

 源平合戦の最終局面で、安徳天皇が壇ノ浦で入水なさったとき、「八坂瓊勾玉」は比較的軽かったために、容器が海面に浮いて、源氏の兵がこれを拾い上げました。
 そのとき、何も知らない兵士が中を覗いている有様を、女官の一人が見て、それが伝えられて記録されました。

 それによりますと、
「容器は二段になっており、各段に四つの珠玉があった」
 ――そうです。

 つまり計八つの珠玉よりなっていることになります。「八坂瓊曲玉」という名前どおりです。
 もともと「八坂瓊勾玉」は紐でつないで首にかけるものですが、紐はすぐに消滅してしまうので、勾玉のみが奉安されていたのでしょう。
(高森明勅氏の著作より)

 もちろん「三種の神器」の科学的な意味での本当のことはわかりませんし、考古学的に詮索すべき事でもありませんが、 弥生〜古墳時代の遺跡から多数出土する鏡、剣、勾玉を代表する神宝であることはまちがいありません。

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