01.一 まえがき
02. 上記の続き
03.二 「三種の神器」の由緒
04. 上記の続き
05.三 「三種の神器」の神社への奉斎
06. 上記の続き
07. 上記の続き
08.四 「三種の神器」の皇居における奉安の場所
09.五 剣璽等承継の儀
10. 上記の続き
11.六 熱田神宮における「草薙剣」の危機
12. 上記の続き
13. 上記の続き
14.七 伊勢神宮における「八咫鏡」の危機
15. 上記の続き
16.八 「三種の神器」の実体
17. 上記の続き
18. 上記の続き
19. 上記の続き
20.九 皇居内の「三種の神器」の苦難
21. 上記の続き
22. 上記の続き
23. 上記の続き
24. 上記の続き
25. 上記の続き
26. 上記の続き
27. 上記の続き
28.十 「三種の神器」の精神的な意味
29. 上記の続き
30. 上記の続き
31.十一 国民の宝としての「三種の神器」および補足
32.十二 まとめ
33. 上記の続き
「三種の神器」の心20
◆◆◆ 九 皇居内の「三種の神器」の苦難◆◆◆
先に伊勢神宮と熱田神宮の神器の苦難を記しましたが、皇居内の神器は、皇統の証であるため、南北朝時代など、危機一髪の事件が記録されております。
政争や戦乱にも巻き込まれて、神宮の神器にくらべて、さらに苦難の連続だったと言えるでしょう。
ざっと列記してみます。
〈一〉
「神鏡」は、
「村上天皇の天徳四年九月二十三日(西暦九六〇年)」
「一條天皇の寛弘二年十一月十五日(西暦一〇〇五年)」
「後朱雀天皇の長久元年九月九日(西暦一〇四〇年)」
・・・など平安中期に三度も火災にあって被害をうけ、そのつど修復しましたが、灰燼とはならず、かろうじて形を保ちました。
ただしこの時代に再度新しい「神鏡」を造ったとも解釈でき、そのため、現在の皇居賢所に奉斎されている「神鏡」には、推定三世紀の第十代崇神天皇の御宇の新造を修復したものと、平安期に新造したものと、二面がある――という話が書かれた本もあります。
皇居の火災はその後もあり、
「鳥羽天皇の天永三年(一一一二年)」
「後小松天皇の応永八年(一四〇一年)」
「後土御門天皇の文明十一年(一四七九年)」
「霊元天皇の寛文十三年(一六七三年)」
「光格天皇の天明八年(一七八八年)」
「明治天皇の明治六年(一八七三年)」
「昭和天皇の昭和二十年(一九四五年)」
・・・などが知られておりますが、これらのときは、幸いにして「神鏡」はご無事でありました。