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「三種の神器」の心22

[承前]

 この話は『平家物語』などの有名な一節になっていますが、当時の史書『吾妻鏡』にはもっと詳しい記述があります。
 参考までに、源氏がどのように海に没した「神剣」を捜索したかの記録を、『吾妻鏡』から抜粋しておきます。

△元暦二年(1185年)三月
 源頼朝が平家追討の弟の範頼に、「三種の神器」を確保するよう注意した記述。
 平家滅亡のとき、「神鏡」「神璽」は無事だったが「神剣」が海に沈んだ記述。
(源氏の兵士が「神鏡」を開こうして目が眩んだ話や、平時忠が制止した話なども)

△元暦二年(1185年)四月
 源頼朝が弟の義経に、確保した「三種の神器」を朝廷に返還するよう命令。
 飛脚が義経の戦勝報告を鎌倉に届けたが、その中で失われた「神剣」を探そうとしている旨が書かれていたとの記述。
 同月下旬、「神鏡」「神璽」が京都へ戻った話。義経が鎧を着て供奉したとの記述。

△元暦二年五月
 頼朝の弟範頼に鎌倉から飛脚で、「神剣」を探すように指示が出たとの記述。

△文治三年(1187年)六月
 厳島神社の神主に、海女を使って「神剣」を探すよう頼朝から命令が出たとの記述。

 結局、いくら探しても見つからずに終わってしまいました。
 いまでも瀬戸内海に沈んだ小さな金属を探すなど、至難の技ですから、無理もありません。

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