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「三種の神器」の心25

[承前]

 この『玉葉』の翌年の記録――元歴二年四月二十五日から二十八日にかけての日記――には、「神鏡」「神璽」が源義経によって朝廷にもどされたときの有様が詳しく記されています。
『玉葉』は天皇に仕えていた要人の記録なので、史実性が高く、貴重です。

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 なお、この「神剣」が沈んでしまった事件について、『愚管抄』に興味深い解釈があります。
 それは、武士階級が勃興して皇室をお守りするようになったので、「武」を象徴する「神剣」が不要になった――という以下のような説です。

「抑コノ寶剣ウセハテヌル事コソ、王法ニハ心ウキコトニテ侍ベレ。コレヲモココロウベキ道理サダメテアルラント案ヲメグラスニ、コレハヒトヘニ、今ハ色ニアラハレテ、武士ノキミノ御マモリトナリタル世ニナレバ、ソレニカヘテウセタルニヤトヲボユル也」

『愚管抄』は天台座主の慈円が書いた歴史書であるため、仏教的な運命論で解釈されたのでしょう。

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