01.一 まえがき
02. 上記の続き
03.二 「三種の神器」の由緒
04. 上記の続き
05.三 「三種の神器」の神社への奉斎
06. 上記の続き
07. 上記の続き
08.四 「三種の神器」の皇居における奉安の場所
09.五 剣璽等承継の儀
10. 上記の続き
11.六 熱田神宮における「草薙剣」の危機
12. 上記の続き
13. 上記の続き
14.七 伊勢神宮における「八咫鏡」の危機
15. 上記の続き
16.八 「三種の神器」の実体
17. 上記の続き
18. 上記の続き
19. 上記の続き
20.九 皇居内の「三種の神器」の苦難
21. 上記の続き
22. 上記の続き
23. 上記の続き
24. 上記の続き
25. 上記の続き
26. 上記の続き
27. 上記の続き
28.十 「三種の神器」の精神的な意味
29. 上記の続き
30. 上記の続き
31.十一 国民の宝としての「三種の神器」および補足
32.十二 まとめ
33. 上記の続き
「三種の神器」の心27
[承前]
〈四〉
南北朝時代には北朝が偽神器をつくったと伝えられるなど、いろいろと危機がつづきましたが、結局は北朝が受け継いで危機を脱しました。
〈五〉
南北朝が合一してから三代目にあたる北朝系の後花園天皇の嘉吉三年九月二十二日(西暦一四四三年)に、南朝の残党が京都の御所に乱入し、宮殿を焼いて「神剣」「神璽」を奪って延暦寺に立てこもったことがありました。
しかしすぐに一党は討伐されて、二つの神器はぶじ皇居に戻りました。
「神鏡」はこのとき、ご無事のままでした。
(「神璽」は、このような危機はあったものの、破損や紛失という事件は無かったようです)
〈六〉
それ以後も危機はしばしばありましたが、なんとかもちこたえ、大東亜戦争末期の空爆にも耐え、終戦のおりの危機も安藤明ら忠臣たちの涙ぐましい努力によってくい止めました。
そして神器も皇統も主要な神社も絶えることなく、平成の御代につづいております。
いまも今上天皇皇后両陛下は、「三種の神器」への祈りを欠かされません。
また神々や皇霊への祈りも欠かされません。
さらには主要な神社や御陵への御拝もなさっておられます。
政府や宮内庁関係者の信じがたい無情な判断によって靖国神社への御拝が中断しているだけです。
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以上概説しました「三種の神器」は、もちろん考古学的な研究対象ではありませんので、注意していただきたく思います。
「三種の神器」とは、『古事記』『日本書紀』『万葉集』などを共有するわれわれ日本民族の心の歴史なのです。