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「三種の神器」の心30

[承前]

 元東大教授兼白山神社宮司で『少年日本史』で知られる碩学平泉澄の名とともによく語られる「皇国史観」という言葉があります。
 これは、

「日本とは「三種の神器」を継承した万世一系の天皇を中心とする「神々の国」である」

 ――という考え方で、その内容は、前述のように、正直・慈悲・智慧の象徴である「三種の神器」を守って、蒼生(国民)の安寧を祈り続ける天皇を中心(象徴)として、先祖や自然や芸術(これらのすべてが神々)を大切にする国だ――という史観のことです。

「皇国史観」という言葉そのものは、戦前や戦中にはほとんど使われませんでした。
 平泉澄にしても、「皇国史観」という言葉を使った論文を書いたことは一度もないそうです。それはあたりまえの考え方だからでしょう。
 この言葉は戦後に左翼組織が天皇への不当な指弾のためにプロパガンダ用語として使ったために、有名になると同時に誤解が拡がってしまいました。
 しかしその実質は以上のようなことであって、本来的に悪い意味はまったくないのです。

 なお「天皇制」という言葉も、ソ連共産党が指導するコミンテルンが創作し、大正十二年に日本に輸出してきたプロパガンダ用語だそうです。
 目的はもちろん日本崩壊で、日露戦争に破れて日本・朝鮮・満州などを植民地にできなかったことへの報復でした。
 だから戦前にはほとんど使用されず、戦後になって左翼勢力がさかんに悪用したのです。

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