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桓武天皇の生母問題1

{簡単なものを同人誌に発表してから加筆修正を繰り返しましたので、文章の流れがぎくしゃくしております。お許しを}

[1 天皇陛下の御発言]

 たしかサッカーW杯の直前だったと思いますが、天皇陛下が、
「桓武天皇の母親は百済からの帰化人。このように日韓は関係が深い」
 ――という意味のお言葉を述べられ、それを聞いた韓国マスコミが、
「天皇家の先祖が韓国人であることを、ついに天皇が正式に認めた」
 ――と大騒ぎしたそうです。
 これを題材にして、愛子様が韓国に行く(?)反日小説まで書かれたとか!
(韓国って凄い国で、韓国国内に広大な「高天原記念公園」?なるものがあるそうです。もちろん学問的な根拠などありませんが、そこが〈天照大神〉のいた日本人の発祥の地だとか・・・!)

 どんな些細なことでも、自国に有利に解釈して言い立てるのは韓国はじめ近隣国の常ですが、そういう事を予測しないで不用意な発言を頻発するのは、日本の悪弊です。
 もちろんこの天皇発言は、宮内庁の役人が韓国にゴマをする方法を考えて作文したのでしょうが、天皇陛下も、鵜呑みにしないで、慎重に発言してほしいと思います。
 杉浦重剛(倫理)や白鳥庫吉(国史)のご進講をお受けになった昭和天皇なら、こういう発言を宮内庁に勧められたとしても、拒否なさったのではないでしょうか?
 昭和天皇とはまったく違って、少年時代の今上天皇は、日本の古代史の知識に乏しいアメリカのキリスト教徒から教育を受けておられましたから、不用意発言が出るのも無理ありませんが・・・。

 じつにバカバカしい話なのですが、朝生などのテレビによく出てくる在日の女性が「在日は朝鮮に帰れというのなら天皇と一緒に帰る」などと、天皇家を在日と決めつけたような発言をしているそうですし、在日系の映画監督が週刊文春などに大喜びで書いたりしております。

 いやそれどころではありません。
 じつは、保守系の論客の中にも、戦後の韓国学者の反日プロパガンダにうっかり乗せられてしまったらしい発言をする人がけっこうおられるのです。
 オロモルフが見聞した範囲でも、『自由主義史観研究会』の理事の方が確たる論拠もなく「高天原は朝鮮にあった」と主張したり、『新しい歴史教科書をつくる会』のリーダー格の方が「飛鳥時代の畿内の人口の三割は百済からの帰化人だった」と述べたりしています。
 これらについて会あてに疑問を投げかけた事がありますが、同じ会の理事でも古代史の専門家は、オロモルフの意見に同意するというご返事でした。
(西尾幹二さんはさすがで、このような変な発言は絶対になさいません)

 本稿で主題にします桓武天皇問題につきましても、産経新聞などはまっとうな反応でしたが、あちこちの掲示板で保守的な意見を吐いておられる論客の一部にも、天皇家の先祖は朝鮮人とか、朝鮮人をお嫁さんにもらっていた、という思いこみがあるようです。
 もちろんこれは、日本の古代史をきちんと教えて来なかった戦後教育の弊害です。

 では、これはいったいどういう事なのか――について、オロモルフの知るところを以下に記しておきます。
 もちろん素人なりの勉強結果にすぎませんが・・・。


[2 光仁天皇の即位の謎]

 桓武天皇は第五十代ですが、その前の第四十九代光仁天皇の即位は、偶然の要素が大きくからんでいたようです。
 天智系と天武系の争いとか、藤原一族の権力闘争とかいった、いろいろな政争です。
 また、妖僧・弓削道鏡に籠絡されたと言われる女帝・第四十八代稱徳天皇の問題もひびいていたようです。

 光仁天皇は、天智天皇の孫ではありますが、もともとは天皇に即位する可能性は皆無と考えられていた方で、じっさい、即位も、六十歳を超える高齢になってからでした。
 それまでは、皇族の中ではもっとも低い身分しか与えられていなかったのですが、有力候補が、政争によって次々に脱落したことにより、偶然(?)天皇になってしまったとされています。

 しかも、その次の皇太子の決定についても、混乱がありました。
 即位後、聖武天皇の娘であった身分の高いお妃の井上内親王を皇后にし、その間にすでにできていた他戸王を皇太子にしましたが、取り巻きの間に策謀があったらしく、廃されてしまい、そのため、無名の妃だった高野新笠と呼ばれる女性に生ませた山部親王が皇太子になりました。
 これが後の桓武天皇(737〜806年)です。
 在位期間は西暦781年〜806年でした。
 

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