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桓武天皇の生母問題7

[9 現在につながる韓国/朝鮮の歴史とは?]

(1)
 荒山徹という作家がいます。
 新聞社や出版社勤務を経て韓国の大学に留学して朝鮮半島の歴史や文化を研究し、1999年に作家としてデビューしました。
 史実を丹念に調べた上で、奇想天外な空想を展開する人で、剣豪小説においては山田風太郎の衣鉢をつぐとさえ思える手練れです。
 この荒山徹が、近著『十兵衛両断』(新潮社)の中で、作家の独白として、つぎのような意見を開陳しています。

『また、東洋史学者の岡田英弘氏は、
「朝鮮の民族文化と呼び得るものが成立するのは、新羅王国が半島の南部を統一した七世紀後半よりもあとの話である」
 と指摘されている。なるほど、史書を繙き、史跡を踏査すれば、朝鮮文化の成立以前に滅んだ百済なる国は、韓国よりも寧ろ日本に包摂されたと見るのが妥当である。領土を除けば、その人材、文化の殆どは日本が受容、継承したからである。したがって百済とは、日本の一構成要素として日本史で扱うのが妥当であって、これを後世の朝鮮、韓国に直結させるのは粗忽な歴史認識ということになろう。とまれ、一族の祖の百済なるを以て宇喜多氏(*)を韓人と決めつけることの、厳として慎まれねばならない所以がここにある。(以上の見解は、鶏林大学校の黄算哲教授の研究にも教示を得た。黄教授は『中国史としての高句麗、日本史としての百済』〈同大学紀要八十七号〉と題する論文で、韓国史の祖型を新羅一国に限定し、高句麗史および百済史は韓民族史から切り離すべきと提唱しておられる)』
(*)宇喜多一族を扱った五味康祐や山岡荘八の小説への反論として書かれている。

(小説の一部にある文章ですので、作者の創作が入っていないか心配ですが、頷ける論旨です)
(余談ながらこの本には、現在反日韓国人がプロパガンダに励んでいる「剣道韓国発祥説」への痛烈な反論と皮肉も書かれています)


(2)
 渡部昇一氏の説の1と2に関連して、次のようなたとえ話も出来ると思います。

『南樺太には、明治時代から、日本から渡った人たちがたくさん暮らしており、日本の文化圏になっていた。
 ところが、昭和20年、ロシアが北から押し寄せてきた。日本人は命からがら、北海道などに逃げ、樺太はロシアが占有してしまった。
 何百年かたってロシアの歴史家がこのことを自分たちに都合良く解釈して、
「いま日本に住んでいるのは樺太から渡った人たちの子孫である。つまり日本人の先祖はロシア人であり、日本の文化はロシアがつくった」
 ――のように主張した。』

 反日韓国人が盛んに言っている「日本人の先祖は韓国人で、日本の古代文化は韓国人がつくった」という話は、上とまったく同じでは無いにしても、これに近いレベルのナンセンスさではないでしょうか。


[10 むすび]

 結論というほどのものはありませんが・・・。

 桓武天皇の生母新笠は、伝承が真実だったとしても朝鮮人ではなく、百済からの帰化人系と言われている諸蕃に属する人と、神別天孫族に属する日本人との混血です。
 むろん、この新笠が仮に本当に帰化人の子孫だったとしても、DNA的にいって天皇の先祖は韓国人だなどということには、絶対になりません。
 なにしろ、単純計算のパーセントは<一兆分の一>のさらに<一億分の一>なのです!
 しかも、もともと百済は日本史に包摂すべきであって、新羅の統一にはじまる朝鮮とは別だ、という意見も多くあるのです。

 もし反日的な韓国人の強引な論理が通るとすれば、韓国人の先祖は日本人だという論理も通ることになってしまいます。
 前記渡部昇一さんの説や、日本から半島に渡って新羅の王様になった人の話もその論拠です。なにしろこの後者の話は、朝鮮の最古の史書にちゃんと書いてあるのです。反日的韓国人は知らないフリをしておりますが・・・。

 さらにまた、韓国人の先祖は中国人である、という論理も通ってしまうことになるでしょう。
 かつての高句麗の領土は、現在中国領(昔の満洲)になっている地域に大きく広がっており、平壌遷都の前は鴨緑江の北側に都がありましたし、三国時代以前の朝鮮半島の大半はシナ王朝が治めていたのですから・・・。
(理由は略しますが、韓国人の先祖はインド人という論理すら成立してしまいます)

 こういう話については、百家争鳴になるでしょうし、異論もたくさんあるとは思いますが、ただ、『六国史』も『三国志』も『三国史記』も読まずに煽動・洗脳工作にごまかされてしまう日本人が沢山いることを悲しみます。
 保守系論客の中にさえ・・・。
 

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