01.1 天皇陛下の御発言
2 光仁天皇の即位の謎
02.3 高野新笠(たかののにいがさ)出自の謎
4 英雄・桓武天皇の野心
03.5 母親・高野新笠の血統潤色
04.6 遺伝子の推理
7 武寧王は日本で生まれた!
05. 上記の続き
06. 上記の続き
8 渡部昇一氏の意見
07.9 現在につながる韓国/朝鮮の歴史とは?
10 むすび
付録1:
08.対馬を狙う韓国の野望
09. 上記の続き
付録2:
10.〈八咫烏〉は〈三足烏〉か否かについての文献調査(1)
11.〈八咫烏〉は〈三足烏〉か否かについての文献調査(2)
12.〈八咫烏〉は〈三足烏〉か否かについての文献調査(3)
本文への補遺
13.(1)『神皇正統記』に見る桓武天皇の事績
14.(2)若い人に推薦できる『日本書紀』の現代語訳が見つからない悩み
その他
15.三足烏補遺
桓武天皇の生母問題10
[付録2:〈八咫烏〉は〈三足烏〉か否かについての文献調査(1)]
(これは朝鮮問題ではありませんが、サッカーがらみで関係していますし、ちょっと奇妙な古代史問題でもありますので、オマケとして書いておきます。なお拳拳服膺さんの掲示板に出したものの一部修正です)
▼サッカーのシンボルマークの話題から、〈八咫烏〉と〈三足烏〉の関係について興味を持ちまして、同人誌に何回かにわたって、かなり長いエッセイを書きました。
いろいろと調査してみたのですが、『〈八咫烏〉=〈三足烏〉』とする学術論文には行き当たりませんでした。
アマチュアの方のご意見はたくさんあるのですが、学問的なレベルの高い資料は見つからなかったのです。
以下は、私の現在の知識を短く整理してみたものです。
もし『〈八咫烏〉=〈三足烏〉』についての学術論文がありましたら、ご教示ください。
(おそらく、鎌倉時代以降なら有ると思うのです)
▼日本サッカー協会のシンボルマークは〈三足烏〉ですが、その説明は、
「シナ伝説の太陽の中に棲む三本の脚を持ったカラス」
――となっています。
▼一部保守派の抗議
これに対して、そのシンボルマークは日本神話の〈八咫烏〉なのに、日本神話の説明が無いのはけしからん――と、一部保守派の人たちが抗議していました。
サッカー協会では、何の返事もしなかったようです。
▼オロモルフの疑問
オロモルフはこの件につきまして、二つの疑問を持ちました。
(1)日本サッカー協会への疑問
「なぜ日本の協会なのに、わざわざシナの伝説の烏などを持ってきたのか?」
(2)抗議する保守派への疑問
「その抗議は『〈八咫烏〉=〈三足烏〉』を前提としているが、ほんとうにそうなのか?」
▼上記(2)についてのオロモルフの推理
『古事記』を読んでも『日本書紀』を読んでも、
『〈八咫烏〉=〈三足烏〉』
――とは書いてありませんから、保守派の抗議に疑問を持ち、あれこれ調べてみました。
その結果としまして、すくなくとも古代においては、
『〈八咫烏〉≠〈三足烏〉』
――という推理をいたしました。
なぜそのような推理をしたかといいますと、次のような六種の文献があるからです。
▼文献1(日本最古の史書類)
『古事記(712年)』
『日本書紀(720年)』
『先代旧事本紀(平安初期)』
有名な話ですが、これらの中に、
「神武天皇が熊野で道に迷ったとき、天照大神や高木大神が〈八咫烏〉を派遣して道案内をさせます。その結果、神武一行は無事に宇陀(奈良県宇陀郡)に到着します。そのあとの闘いでも、〈八咫烏〉は天皇の指示によって活躍します。それを愛でて東征が完了したとき、天皇は〈八咫烏〉に恩賞を与えます。そしてその子孫が賀茂県主一族(京都の賀茂神社)になりました」
――とあります。
『日本書紀』がもっとも詳しいのですが、他の二書にも矛盾した記述はありません。
ここで気づくのは、以下の点です。
[1]三本足の件
これら日本最古の史書には、〈八咫烏〉が三本足であったという記述はまったくありません。もしそういう口伝が奈良時代より前からあったとしたら、それは大きな特徴ですから、かならず書いたと思います。書かれていないのは、そのような口伝が無かったということでしょう。
(太陽の中に棲むというシナ伝説の〈三足烏〉そのものは、玉蟲厨子にも(月の中らしい?)描かれていますし、古墳の壁画にもあるそうですから、かなり古くから知られていた筈です。ですから〈八咫烏〉が〈三足烏〉という伝承が古代からあれば、かならず『記紀』にそう書いたと思うのです)
[2]神秘性
上のどの史書にも、〈八咫烏〉は神武天皇の命令によって動く配下として書かれています。もし〈三足烏〉だったとしたら、太陽に棲むのですから、天皇より上位として(神武天皇を助けた金鵄や神剣布都御魂のように)もっと神秘的に書かれる筈だと思いますが、そういう事はありません。戦争が終わったあと、天皇が〈八咫烏〉に恩賞を授けているのです。これは当然、天皇の部下としての扱いです。
[3]人間であること
賀茂県主という豪族の先祖と記されていますが、いくら古代人でも執筆者は学者ですから、烏から人が生まれると信じていた筈はありません。ですからこれは、あくまでも、豪族の先祖集団の活躍を神話的に表現したものと思われます。