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01.一 皇統「万世一系」の思想――明治憲法の第一条〈一〉
一・一 「万世一系」という言葉
伊藤博文たちの猛勉強
02. 『憲法義解』にある解説
03. 「万世一系」の語源
04. 一・二 『神皇正統記』の思想
『神皇正統記』に見る「万世一系」の思想
05. 上記の続き
06. 「万世一系」と「三種の神器」
07. 一・三 『愚管抄』の思想
『愚管抄』にある慈圓の見解
〈天照大神〉のご命令
08. 第一の功績 蘇我入鹿の排除
第二の功績 光仁天皇の擁立
09. 第三の功績 光孝天皇の擁立
10.二 〈うしはく〉と〈しらす〉の違い――明治憲法の第一条〈二〉
二・一 二種類の統治〈うしはく〉と〈しらす〉
明治憲法第一条の「統治」
11. 「国譲り」の物語
12. 二種類の支配があること
〈うしはく〉の由来
13. 〈しらす〉の由来
14. 当てはめられた漢字
井上毅の演説から
15. まとめますと・・・
『明治憲法第一条(万世一系と統治)』07
◆◆◆ 一・三 『愚管抄』の思想 ◆◆◆
◎『愚管抄』にある慈圓の見解
『神皇正統記』と並ぶ史書である『愚管抄』は、藤原一族の出身である天台座主慈圓が著した史論書の高峰で、一二二〇年の成立とされています。
「三種の神器」の解説で引用しましたように、仏教的な世界観の入った史論なのですが、その巻第七において慈圓は、つぎのような注目すべき意見を述べています。
・・・アマノコヤネノミコトニ、アマテルヲオン神ノ、「トノノウチニサブライテヨクフセギマモレ」ト御一諾ヲハルカニシ、スヘノタガウベキヤウノ露バカリモナキ道理ヲヱテ、藤氏ノ三功トイフ事イデキヌ。ソノ三ト云ハ、大織冠ノ入鹿ヲ誅シ給シコト、永手大臣・百河ノ宰相ガ光仁天皇ヲタテマイラセシ事、昭宣公ノ光孝天皇ヲ又タテ給シコト、コノ三也。・・・
(意訳・遠い昔、〈天兒屋命〉は〈天照大神〉から「宮殿の内にいて、外敵や災難を防ぎ、皇孫(天皇)をお守りするように」とのご命令を受けた。これはのちの世になっても違えるべきでないご命令であり、これにもとづいて、〈天兒屋命〉の子孫である藤原氏は三つの手柄をたてた。第一は、藤原鎌足が蘇我入鹿を排除したことである。第二は、藤原永手、藤原百川が光仁天皇を天皇の位に推挽したことである。第三は、藤原基經が光孝天皇を天皇の位に推挽したことである。この三つが、〈天照大神〉のご指示を守った藤原氏の三つの手柄である)
これだけでは分かりにくいので、少し解説してみます。
◎〈天照大神〉のご命令
神代のこと、素戔嗚尊の横暴にお怒りになった〈天照大神〉が天の岩屋にお隠れになったので、みな困り、なんとかして出ていただこうと、榊に「三種の神器」の「八咫鏡」や「神璽」をかけ、いろいろな行事をするわけですが、この榊を香具山から運んだ神が、天兒屋命と太玉命であるとされています。
そして天兒屋命は中臣一族の遠祖であり、太玉命は忌部一族の遠祖であるとされています。どちらも大和朝廷の祭祀担当です。
この二柱の神は、その後〈天照大神〉の信用を得て、重要な役割を任せられました。
すなわち、〈天照大神〉の皇孫・瓊瓊杵尊が天孫降臨されたとき、〈天照大神〉は、二神につぎのように指示なさいました。
惟爾二神も、同じく殿内に侍ひ、善く防き護りまつることを為せ。
(意訳・おまえたち二柱の神も、神鏡や皇孫と同じ皇宮内に仕えて、外敵や災難を防ぎ、お護りするように)
藤原一族は、中臣の出身ですから、自分たちの遠い先祖が〈天照大神〉からじきじきに皇室を守護する役割を与えられたのだ――との自負心を抱いていました。
そしてその役割を果たした例として、『愚管抄』において慈圓は、皇統を護った三つの功績を記しているわけです。