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01.一 皇統「万世一系」の思想――明治憲法の第一条〈一〉
一・一 「万世一系」という言葉
伊藤博文たちの猛勉強
02. 『憲法義解』にある解説
03. 「万世一系」の語源
04. 一・二 『神皇正統記』の思想
『神皇正統記』に見る「万世一系」の思想
05. 上記の続き
06. 「万世一系」と「三種の神器」
07. 一・三 『愚管抄』の思想
『愚管抄』にある慈圓の見解
〈天照大神〉のご命令
08. 第一の功績 蘇我入鹿の排除
第二の功績 光仁天皇の擁立
09. 第三の功績 光孝天皇の擁立
10.二 〈うしはく〉と〈しらす〉の違い――明治憲法の第一条〈二〉
二・一 二種類の統治〈うしはく〉と〈しらす〉
明治憲法第一条の「統治」
11. 「国譲り」の物語
12. 二種類の支配があること
〈うしはく〉の由来
13. 〈しらす〉の由来
14. 当てはめられた漢字
井上毅の演説から
15. まとめますと・・・
『明治憲法第一条(万世一系と統治)』15
◎まとめますと・・・
これまでの検討で、伊藤博文らが明治憲法を策定したときに、
「天皇による統治は――〈うしはく〉ではなく――〈しらす〉である」
――と強調した理由が、大体は分かったように思います。
〈うしはく〉というのは、独裁者的・直接的・私有財産化的な支配であり、古代から乱暴者による支配にはこの言葉を使っているが、天皇の統治には使っていない――という事です。
天皇の支配である〈しらす〉とは、その領地や人民の様子、また人民の気持ちをよく「認識」して「高度で公的な統治」をおこなうことを意味しており、そこには独裁者的な感覚はありません。
『「三種の神器」の心』として説明しましたような、「正直と知恵と慈悲」による温かい統治です。
これは、『記紀』に記された大和朝廷の軍事や祭政のあり方を見ても、よく分かります。
徹底した温情主義で、敵をつくらないのです。
はげしく争った相手でも、帰順すれば、物部一族のように重臣として取り立てたり、出雲一族のように自分たちより大きな宮殿――出雲大社――を建ててやったりしています。
この大和朝廷の伝統は現在でも継承されており、天皇制反対を叫んだ学者に、晩年になってそれを言わなくなったら勲章を与えておりますし、明治維新においても、敵対した榎本武揚を大臣にしたり、同じく敵対した西郷隆盛の大きな銅像を都に建てたりしております。
うまくは言えませんが、私の感覚では、〈しらす〉とは家父長的な行為に近いと感じます。
多くの家人をかかえた家父長は、自分が主宰する家や土地や家族についてよく「知って」それを「円滑に運営」してゆかねばならず、そうして得られた家人の幸福はすなわち自分の幸福でもあります。
乱暴な家人がいても、反省すれば温かく迎え入れて、一家の繁栄を計ります。
もし家父長が独裁したら、その家はかならず破滅してしまいます。
天皇の統治が、世界の奇蹟と言われるほど長く継続したのは、歴代の天皇が、
『統治すれども私有独裁せず』
――を守ったからなのでしょう。
「三種の神器」の解説でも記しましたが、正しい祭政をなさった天皇にとって、統治の対象となる国民は『大御宝(おほみたから)』なのです。
これは異国の帝王による「人民の私有化」や「独裁」とはまったく異なる平和な統治思想です。そして、このような「統治」だからこそ、「万世一系」となったのだと思います。
すなわち、一の冒頭で記しましたように、皇統の「万世一系」と天皇の「統治」とは、「対」として理解すべきものでありましょう。
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蛇足――
もともと「万世一系」の厳密な意味での初出は明治憲法第一条であり、そこでは「統治」と結びつけて表現されているのですから、「万世一系」だけを孤立させて――たとえば生物学的に――議論するのは奇妙なことだと思います。
最近よくなされるこういう種類の議論への違和感は、昔から身体を張って皇室の伝統護持に挺身してこられた方々(たとえば田中卓先生、所功先生、立正の皆様など)も持っておられるようです。
【これで明治憲法第一条(万世一系と統治)は終了し、明日から『卑弥呼と日本書紀』に戻ります】