はじめに
序章
第一章 明治二十三年
第二章 幕末〜明治初期
第三章 明治三年
第四章 明治十年代
第五章 明治十五年
第六章 明治二十七、八年
第七章 明治三十七、八年
第八章 大正二年
第九章 昭和十年
第十章 昭和十八年
第十一章 昭和四十四年
第十二章 むすび
文献一覧・年表
国際通信の日本史32
■□■□■ 第三章 明治三年
ロシアと結託して日本に乗り込んだ大北電信会社
――徒手空拳の寺島宗則 鏤骨の大折衝―― ■□■□■
■■■ 三・一 それは、ロシア領事代理からの書簡ではじまった ■■■
そもそもの発端は、明治三年(一八七〇年)の旧暦四月二十三日だった。
箱館駐在のロシア領事代理タラフテンベルグから、できたばかりの外務省の初代外務卿(外務大臣)澤宣嘉(右衛門佐)あてに、この日付で一通の書簡が舞い込んだのだ。
ロシアの正式な駐日外交機関はまだなかった時代で、長崎と箱館に領事代理がいただけだったから、この書簡はロシア政府の直接の意思をあらわすものと考えられた。
この時代の外交文書の和訳はとても読みにくいが、重要な文書なので、当時の訳文を記しておく。
*
以手紙致啓上候然者我國にて此度傳信機製造方の組合出來致し候處右のもの魯西亜の亜細亜の地より日本の北夫より支那迄海中往復の傳信機を製造致し度旨我政府え申立候右傳信の機管は日本と歐羅巴通信の爲にて不斷永續いたし候便捷の製作に有之候故貴國にも不遠御製造に成候節は夫に聚合致候にも自由に有之且は貴國にて近年に至り漸々歐羅巴の政治を御採用に相成候證跡も有之且は貴國と我國と舊來格別懇親も保有し候により右日本並支那地え海中の傳信機製造の儀貴國政府にて御承知相成候様いたし度依て右の談相願可申旨我政府より拙者え命せられ候間可然様御周旋被下度御商議の上否哉貴答拙者迄御申越被下候様奉願候此段爲可得貴意如斯御座候。 以 上
千八百七十年第四月二十三日
魯國岡士
タラヘテンベルグ
日本帝政府
外務卿 澤右衛門權佐閣下
*
大意を述べれば、その書簡には、
「ロシアのアジア地区から日本へ、日本からシナへの海底ケーブルを建設することについて、今回ロシアに設立された会社から申し立てがあった。ついては、わが国と格別の親善関係にある貴日本政府の承認を得たい」
――という意味のことが記されていた。
あとでわかったことだが、ここにある「ロシアに設立された会社」というのがじつは実質『大北電信会社』のことであり、大北電信(デンマーク王室)とロシア(ロマノフ王朝)との間で話し合った結果、『大北・支那・日本拡張電信会社』という別会社をつくって、それを「ロシアに設立された会社」として日本に売り込んできた――ということだったのだ。
(これが前述した慶應三年のロシアの要求のむしかえしであったことは明らかである)
[この節つづく]
032.三・一 それは、ロシア領事代理からの書簡ではじまった
033. 上の続き
034. 上の続き
035. 上の続き
036.三・二 『大北電信会社』とはそも何者か?
037. 上の続き
038. 上の続き
039.三・三 明治三年八月 調印にいたる列強の圧力
040. 上の続き
041. 上の続き
042. 上の続き
043. 上の続き
044. 上の続き
045. 上の続き
046. 上の続き
047.三・四 調印の奇妙さと達成された『大北電信会社』の野心
048. 上の続き
049. 上の続き
050. 上の続き
051. 上の続き
052.三・五 必死で架渉した日本側の東京〜長崎間電信回線
053. 上の続き
054. 上の続き
055. 上の続き
056. 上の続き