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国際通信の日本史178

■□■□■ 第十二章 むすび
     ――肝に銘ずべき教訓の数々―― ■□■□■


 むすびとして、以上の国際通信問題から著者が得た教訓を記しておく。

[一]
 国際通信(とくに海底ケーブル)は日本と外国とを直接むすぶものであるため、外交・政治・技術・経済・軍事・哲学・団結力などその国のすべての力量が試される場である。
 したがってその歴史は日本の技術や外交の歴史であるとともに、欧米列強を相手に不撓不屈の闘いを続けた先人たちの精神の歴史でもある。

[二]
 海底ケーブルの陸揚権という、一見些細な権利でさえ、国益に重大な影響を与え、完全に取り戻すには九十九年もかかった。
 またロシアを背後にもつ企業に大陸側との通信の独占権を与えてしまったことも、長く日本の手足を縛る結果となった。
 この教訓が、戦後のマイクロ波回線の自主技術建設(筆者はこの建設に邁進した人たちの部下の世代である)に生きたのだが、また同時に、欧米列強による植民地化をこの程度ですませてくれた幕末から明治にかけての先覚者たちにも大いなる感謝を捧げなければならない。
 とくに――徒手空拳でありながら――国内陸上線や瀬戸内海を死守し、陸揚港を最小限に絞り、かつ買収項目を加えさせた寺島宗則の気迫と先見性には、学ぶべきものが多い。

[三]
 国際通信に関する対外折衝の歴史を見ると、アングロサクソン系の米英との間では、相互に利益のあることが明確になりさえすれば、比較的順調に進展しており、さほどの軋轢は生じていない。
 これは占領下でもほぼ同じで、アメリカは日本の技術水準に理解を示していたと言える。
 しかし大陸側や半島側との折衝では、相手側の利益を日本が保証してもなお、困難をきわめた。
 相手側の施設がすっかり時代遅れになり、かつ日本が多大な利益を提供してもなお、長期にわたる折衝が必要であった。

[四]
 対外折衝の前に、旧逓信省と外務省・大蔵省・陸海軍省などとの間の国内折衝があったわけだが、それが難渋したというぼやきが、昔の資料の行間から漂ってきている。
 そして、わが国の外交下手が、過大な利益を外国に提供しないかぎり日本の主張が通らないという結果を招いている。

[つづく]

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